【書評】『日中歴史共同研究 古代・中近世史篇』”違い”を知ることから対話は始まる

慶應義塾大学通信

皆様、お疲れ様です!元気にしていますでしょうか?レポート作成するために読んだ本です。

「歴史認識の相違」。 ニュースで幾度となく耳にしてきた、日中関係を語る上で避けては通れない言葉です。私たちはしばしば、感情的な報道やインターネット上の断片的な情報に触れ、「なぜ彼らはそう考えるのか」「なぜ私たちの考えが伝わらないのか」と、もどかしい思いを抱きがちです。

では、両国の歴史学のプロフェッショナルたちは、自国の歴史を、そして相手の国の歴史を、どのように見ているのでしょうか?

その学問の最前線で行われた、スリリングな知の応酬を追体験できるのが、今回ご紹介する一冊、北岡伸一氏らがまとめた『「日中歴史共同研究」報告書 第1巻 古代・中近世史篇』です。

本書は、単なる歴史の解説書ではありません。これは、日中両政府の支援のもと、両国の第一線の研究者が「歴史」という名のリングに上がり、同じテーマについて真正面から論じ合った記録そのもの。正直に申し上げて、決して手軽に読める本ではありません。しかし、歴史を愛し、物事の本質を深く知りたいと願うすべての読者にとって、これほど知的好奇心を揺さぶられる一冊は他にないと断言します。

本書の核心的価値:日中双方の「視点」を並べて見せる画期性

本書の最大の特徴であり、他のあらゆる歴史書と一線を画す点は、そのユニークな構成にあります。

それは、一つのテーマに対し、「日本側研究者の論文」と「中国側研究者の論文」が、原文のまま併記されていることです。

例えば、「倭寇」というテーマがあれば、日本側の学者が書いた「倭寇論」のすぐ隣に、中国側の学者が書いた「倭寇論」が並んでいるのです。

これが何を意味するか。私たちは、どちらか一方の視点に偏ることなく、両者の「歴史の捉え方」「言葉の定義」「重視する史料」の違いを、ダイレクトに比較検討することができます。

  • 「倭寇」は、日本では一部のならず者や多国籍の海賊集団と捉えられがちですが、中国側では「日本の侵略行為」という側面がどう強調されているのか。
  • 古代の「冊封(さくほう)体制」を、日本側は「実利を得るための現実的な外交カード」と見る一方、中国側は「中華を中心とした国際秩序の証」と見る。その根底にある世界観の違いは何か。

このように、本書は私たちに「どちらが正しいか」という安易な結論を許しません。代わりに、「なぜ相手はそう考えるのか?」という、より本質的で、より深い問いを投げかけてくるのです。これこそが、歴史を通じて他者を理解する営みの第一歩ではないでしょうか。

具体的に何が面白い?古代・中近世史の熱き論点

本書が扱うのは、古代から16世紀頃までの中近世史。馴染み深いテーマの中に、驚くほど新鮮な論点が潜んでいます。

論点1:古代国家の形成と「倭」

「漢委奴国王」の金印や、邪馬台国の卑弥呼。私たちは日本の視点から国の成り立ちを学びますが、当時の超大国であった中国の王朝は、東の海に現れた「倭」をどう見ていたのか。中国側の論文を読むと、彼らの世界観(中華思想)の中で、日本がどう位置づけられていたのかが生々しく伝わってきます。

論点2:遣隋使・遣唐使が持ち帰ったもの

遣隋使や遣唐使は、先進文化や仏教をもたらした輝かしい存在として語られます。しかし、日中双方の論文を突き合わせると、その交流の実態がより立体的に見えてきます。日本側が「学びに行った」と考える一方で、中国側は「朝貢に来た」と記録する。その「公式見解」の裏にある、両国のリアルな力関係や思惑の違いを読むのは、最高の知的な楽しみです。

論点3:日明関係と勘合貿易

足利義満が始めた勘合貿易。日本側は「貿易」という経済的側面に光を当てますが、中国(明)側から見れば、それはあくまで「朝貢」の形式をとったもの。この形式をめぐる認識のズレが、時に外交問題に発展していく過程は、現代の日中関係を考える上でも非常に示唆に富んでいます。

この本を「誰が」「どう読む」べきか?

本書を最大限に楽しむための、私なりの「読書術」をご提案します。

  • 対象読者:
    • 高校レベルの日本史・世界史の知識があり、もう一歩踏み込んでみたい方
    • 日中関係のニュースの「背景」を知りたい方
    • 歴史小説や大河ドラマが好きで、その時代のリアルな国際関係に興味がある方
  • 読み方のヒント:
    1. 全部読もうとしない: 本書は論文集です。まずは目次を眺め、「遣唐使」「元寇」「倭寇」など、ご自身の興味があるテーマから読んでみてください。
    2. 「違い」を楽しむ: どちらが正しいかを判定するのではなく、「なるほど、向こうではそう解釈するのか!」という発見そのものを楽しむのが醍醐味です。
    3. 脚注・参考文献に注目する: 論文の面白さは、その主張を支える史料(根拠)にあります。日中の研究者がそれぞれどの史料を重視しているのかに注目すると、歴史学の奥深さに触れることができます。

まとめ:未来のための「対話」の土台を築く一冊

『日中歴史共同研究』は、私たちに心地よい「答え」を与えてくれる本ではありません。むしろ、歴史認識というものの複雑さ、そして厄介さを改めて突きつけてきます。

しかし、希望もあります。それは、これほど立場や考え方の違う研究者たちが、同じテーブルにつき、互いの論に真摯に耳を傾け、一つの報告書としてまとめたという事実そのものです。

歴史認識の溝は、確かに深いかもしれません。ですが、その溝の深さや形を正確に知ることなくして、未来への橋を架けることは不可能です。本書は、そのための最も信頼できる「測量図」と言えるでしょう。

知的な刺激に満ちた歴史の海へ、この一冊を携えて漕ぎ出してみてはいかがでしょうか。そこにはきっと、あなたの世界観を揺さぶる、新たな発見が待っているはずです。

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